2010年09月12日

シチリアの諺(抜け目なさ)


貧しさの歴史の中で、フルベリア(抜け目なさ)が言わば美徳とみなされている習慣を培った。例えば、

「2、3リラしかもっていない馬鹿よりも、ポケットに金をいっぱい詰めた悪魔のなったほうがまし」

「自分が羊になる男は狼に食われてしまう」

と言う諺が裏打ちしている。

「南部のイタリア人は金を儲けるために支配する傾向にあり、北部のイタリア人は支配するために金を儲ける傾向にある」(ルイジ・バルジーニ、「イタリア人」)

これもある意味で貧しさの裏返しである。

「政治が常に弱体だった国では、個人の力が高く評価される。自分の問題を処理できる男は他人の敬意を集める大物であり、「名誉ある男」、すなわち「マフィアの男」である。家族や友人を助ける。クリエンテリズモ(保護、ひいき)は物事がうまく運ぶ唯一の手段である。(地中海の風に吹かれて、常盤新平)」

「村人たちはまず村の一員であることをいう。ステファネンとか、シアカッターニとか。その後でシチリア出身だと告げる。自分はイタリア人だと言うことはあまり多くない。」(同上)

外敵に対しては結束が固くなる。一方で政治体制のようなものは利用することすらあれ、信用はしていない。

遠く目に眺めているような、どこかよそよそしい視線を感じるのは私だけではあるまい。「僕は目を見開いている。万一に備えて」。しかしよそ者が金を落としてしていくことを知って、少なからず目線は変わってきているように思える。


posted by Sono_Hiro at 07:47| Comment(0) | TrackBack(0) | 未分類 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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